1995年夏 The School of Sleep Medicineとの出会い
 睡眠医学のメッカであるスタンフォード大学のキャンパス近くにThe School of Sleep Medicineがあります。年間を通じていろいろな睡眠医学のコースを組んでいるこの学校の存在を立花直子が最初に知ったのは、米国スタンフォード大学のGuilleminault先生が1994年の初夏に日本を訪れたときでした。当時、日本でも限られた大学医学部で睡眠の研究を行っている場所はありましたが、睡眠ポリグラフ検査(polysomnography: PSG)を共通のツールとして睡眠医学を系統的に学習できる場所はなく、世界の一線で活躍している睡眠の専門家もかつてはここで基礎を学んだ話も聞き、多くの方たちに助けられ、1995年夏にThe School of Sleep Medicine の基礎コースを受講することができました。1週間毎日朝から夜までぶっつけの講義と実習が続きましたが、毎日、目からうろこが落ちる体験の連続でした。
英語の壁? 日数の壁?
 その後、事あるごとにこの体験を話してきましたが、実際にこのコースに参加する日本人はそれほど増えず、一つには英語の壁があったようです。日本でPSGの経験が相当ある人にとっては、あまり英語が得意でなくても、ついていくのにはほとんど困らないはずなのですが、もう一つの問題は、コースに参加するために1週間仕事を留守にすることが日本人にとって非常に難しいことです。したがって、それができるのは大学院生や留学中の人などに限られてくることが伺えました。
2003年10月「PSG睡眠塾」のアイディアがうかぶ
 2003年2月の山陽新幹線運転士の居眠り運転事件は、睡眠医療に一種の特需をもたらし、そこかしこでPSGをやろうとする病院が増えてきました。しかし、日本には、この検査を専門として行なっている医療スタッフは非常に少なく、その研修体制もほとんど確立していません。米国の睡眠医学がPSGを一種の共通語として発展してきたことを考えると、何とかして日本でもPSGを学びたい人に学べる機会をつくらなければならないという危機感にかられました。さらに、そういった教育ができる人を養成しなければ、この動きを広げていくこともできません。そこでThe School of Sleep Medicineにははるかに及びませんが、2日間のコースを皆で頭をひねって考案しました。
2003年12月「PSG睡眠塾」開始
 2003年12月6日、記念すべき最初の「PSG睡眠塾」が大阪府立健康科学センターの会議室にて行われました。午後2時から午後9時までの盛りだくさんな1日目でしたが、この日のために講師はテキストを準備しては皆で見て改訂を加え、会合をもってはどういう内容を話すかアイディアを出し合いました。講師間のコミュニケーションは非常に重要であり、高名な講師を並べただけでは真の睡眠医学の理念を伝えることはできません。講義や実習については、受講生に細かく採点していただくアンケートもついており、講師もさらに勉強していかねばならないことを肝に命じています。

 

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