第81回日本産業衛生学会報告

 平成20年6月24〜27日、札幌にて、日本産業衛生学会がありました。テーマは,「人間らしい労働」と「生活の質」の調和−"働き方の新しい制度設計を"でした。この学会は、働く人々の健康と安全に関するわが国で最も大きなもので、産業医、産業保健師・看護師、研究者などが多数参加します。くしくも、同じ時期に日本睡眠学会が福島で開かれ、幸か不幸か、そちらには参加できませんでした。ここでは、産業衛生学会に属する研究会である「職域における睡眠呼吸障害研究会」の様子を中心にご報告いたします。

 今年の研究会では、睡眠時無呼吸症候群(SAS)に関連する疾患をテーマに三つの演題がありました。第一は、スズキ(株)産業医・新島邦行先生による「SASと生活習慣病」。SAS群における高血圧症やメタボリック症候群、睡眠不足による糖尿病のなりやすさなどが解説されました。しめくくりには、SASのみならず,睡眠障害への対策を労働者の健康管理全般にわたる予防医学活動とみなし、産業保健のなかの位置づけを明確にする必要があると指摘されました。そのためには、労働者の睡眠障害を作業関連疾患(=発症,進行,増悪に関与する要因の一つとして、作業条件や作業環境が考えられる疾患)としてとらえ、対応することが重要と強調されました。

 第二は、新日本製鐵(株)君津製鐵所産業医・加藤憲忠先生による「SASと精神疾患との関連」。産業医活動のなかで、SASとうつ病を主とした精神疾患の複雑な合併をよく経験されるそうです。たとえば、過度の眠気を訴えていたが、SASではなく、うつ傾向と、交代勤務のため睡眠が4時間に満たなかった例。逆に、症状からSASが疑われたが、実際にはうつ病であった例。うつ病を治療している過程でSASが明らかになった例、軽度SASをともなうパニック障害の例を示されました。SASとうつ病の合併例は、抗不安剤や睡眠薬の使用がSASを悪化させる可能性がある一方、自殺の危険性も注意しなければならないゆえ、どちらの疾患がより重症であるか、緊急であるかをみながら治療方針を決めると説明がありました。

 第三は、豊橋メイツ睡眠障害治療クリニック・小池茂文先生による「@睡眠障害診療における産業医との連携、ASASと慢性腎臓病」。@については、OSHNetメンバーにとってはすでにご存じのことが大半でした。つまり、(1)運輸業でよく行われているような、相当の努力を使ってSASを検出したとしても、その後、真っ当に診療・管理できる睡眠医療的インフラはわが国には整っていない。PSG、MSLT、MWTをルーチンで行える施設は数えるくらいしかない。(2)睡眠の専門家もそろっていない。呼吸器科医と耳鼻科医はそれぞれの専門分野はわかるが、他方の分野は不詳であり、なにより双方とも睡眠がわかっていない。それに対して、精神科医は、睡眠はわかるけれども、呼吸器・耳鼻科的知識が欠落している。(3)SASを証明しても眠気の証明にならない。眠気の原因にはSASだけではなく、夜勤、長時間労働、睡眠不足、他の疾患などがある。(4)SASスクリーニングは機器の特性や限界をよく理解したうえで実施すべきなのに、徹底されていない。なお、Aでは、透析患者、慢性腎臓病患者におけるSASとその病態生理について述べられました。

 この研究会は例の2003.2.26事件を発端としたせいか、SASを大事に扱ってきました。ですが、最近は、上で述べたように、SASを中心としながらも、睡眠全般に関する問題を取り上げることが必要であるという雰囲気が出てきています。事実、判断力のよい産業医のなかには、「労働者が眠くなるのはSASのせいだけでは決してない」と明言される先生も現れ始めています。これらは当然の動きといえるでしょう。また、今年の産業学会の演題をみても、SAS以外に、過重労働と睡眠時間、労働者の肥満やメタボリック症候群と睡眠、労働現場での睡眠教育に関する発表があり、その質も概して高かったことは今後につながりそうです。

 とはいえ、小池先生が指摘された内容はもしかしたら、当日の参加者、あるいは参加されなかった産業保健関係者の多くにとって、ちんぷんかんぷんだったかもしれません。もしそうなら、睡眠医学的に正しい情報をいかに労働現場に伝えていくかという課題が浮かび上がってきます。睡眠あるいは睡眠関連疾患が多因子であることに少数の産業保健関係者は気づき始めている今、彼らの判断を支えるとともに、そのように気づく関係者を増やす活動を行うのも、OSHNetにとってとても重要と感じました。

労働安全衛生総合研究所 高橋正也 記

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