第7回 大阪睡眠を考える会 参加報告記

今回で7回目となる「大阪睡眠を考える会」が2009年6月4日の18時30分より薬業年金会館で開催されました。今回は、今までとは少し違った方向から、睡眠を考えてみようということで、「スリープ・リテラシーの視点から睡眠医学を考える」というテーマで会が開かれました。スリープ・リテラシーを直訳すれば、「睡眠の読み書き能力」ということになります。すると今回のテーマは「睡眠の読み書き能力の視点から睡眠医学を考える」ということで、一体どういうことなのかテーマを理解するところから、先ずは、自分のリテラシーのレベルを考えさせられることとなりました。

はじめに総合司会の三上章良先生(大阪大学保健センター)から、「総合司会といえば高橋圭三」という、今では忘れ去られたキャッチフレーズ(ちなみに私は覚えていましたが)が飛び出し、また、新型インフルエンザ感染拡大予防のため、新型インフルエンザに感染している人は退席していただくよう協力を求めるなど、三上先生の逆に凍って固まるかのようなアイスブレイクで「第7回大阪睡眠を考える会」が幕を開けしました。

本題に入り三上先生から、sleep deprivation もsleep disturbance も「睡眠障害」という一つの言葉で訳し、意図的かどうか「睡眠不足」と「睡眠障害」をイコールで扱っている某企業のホームページを例に、言葉を正確に区別して使うことが大事であることや、氾濫している情報を正しく理解することが必要である、という今回の問題提起が提示されました。

最初の講演は、労働安全衛生総合研究所の高橋正也先生から「健康増進・労働安全衛生のためのスリープ・リテラシー」という題目で、よく目にする睡眠に関するデータをもとに、例えば、平均値だけでなくバラツキまで見るとデータが違って見えることやデータの背景にある分布をみるとデータの信憑性が変わることなど、データに潜む罠について具体例が示され、適切な情報を集めて正しく理解することの必要性が示されました。重要なポイントとして、世の中には、惑わされやすい情報や惑わそうとする「仕掛け」が多くある点をあげ、情報に惑わされない対処方法としては、スリープ・リテラシーを全員で高めることが重要で共通認識を持つことが必要と指摘されました。

次の講演は、金沢医科大学医学教育学の堀有行先生から「睡眠医学の教育について −後継者はいますか?−」という題目で、睡眠医学の教育を取り巻く問題点について指摘がありました。問題点の一つとして医師国家試験の睡眠に関するずさんな試験問題が示されるなど、医学部においては睡眠医学の教育が現実難しいことが示唆されました。睡眠専門医や適切な睡眠医学の知識を持った医師の育成が難しい現状に対して、医療従事者以外の人を教育するという解決策の一つが提案されました。保健師や保育士に睡眠医学の教育をすることにより、例えば、子供の夜泣きや夜尿など睡眠に関する知識を持った人が増え、内容によっては保健師や保育士がある程度対応することができ、睡眠専門医や小児科医の負担を軽減できるなどのメリットが挙げられました。また、睡眠医学の教育において、学会の役割についても言及されました。従来通りの研究主体の学会だけでなく、教育主体の学会があっても良いのではないかとの提案がありました。質疑応答に入り、座長の福山秀直先生(京都大学高次脳機能総合研究センター)から後継者が育たない問題は睡眠医学だけの問題ではないと指摘があり、医学全般の問題点であることが指摘されました。また、日本の教育制度では、医学教育が高校まで保健体育で少し習う程度で医学部に入ってから教育されるという根本的な医学教育制度の問題点についても議論されました。 

最後に、会の終了のアナウンスを遮り、総合司会の三上先生から重要な問題提起がありました。趣味で夜更かしをすることや仕事・勉強・通勤・通学などで時間がとられ、日本人の平均睡眠時間が短くなってきていることが挙げられました。自殺対策、生活習慣病対策、居眠りによる事故対策において、睡眠に関することは入っておらず、睡眠や休養の重要性が抜けている点の指摘がありました。睡眠不足に対する対策がされておらず、早急に睡眠不足対策が必要であるとの言及があり、睡眠衛生指導の重要性が示されました。

三上先生から、「この会は睡眠を考える会なので睡眠の知識を付けるだけでなく睡眠を考えてください」というコメントがありましたので、今回の会に参加して得たことから少し自分なりに睡眠を考えてみたいと思います。睡眠の重要性や正しい知識が広まらない原因の一つには、睡眠に関する情報が「睡眠不足になると作業能率が低下する」「睡眠不足は肥満になる」など、ネガティブな情報内容にあると考えます。多くの人々は、「身体に悪いので何々はやめなさい」と言われても、頭でわかっていてもなかなか行動に移せません。しかしながら、「何々は身体に良いので毎日食べると良い」とテレビで言われると、次の日には、その品物が市場から無くなってしまうほど多くの人々が行動に移す傾向にあります。例えば、「睡眠不足は事故の原因になる」というような啓発では、高橋先生の講演の中で「会社は労働時間に対しては非常に敏感であるが休養に関しては鈍感で無視している」とのコメントがありましたが、会社はなかなか行動に移さないと思います。しかしながら、仮に「より良い睡眠は、従業員の能率を向上させ生産性を向上させる。したがって、従業員の睡眠管理は、会社の業績をアップする。」と言えたなら、どうでしょう。会社は睡眠や休養に目を向けるのではないでしょうか。「より良い睡眠をとれば痩せる」と言えたなら、どうでしょう。睡眠に関心を持つ人の数は変わるのではないでしょうか。睡眠の重要性を広めていくためには、「睡眠不足は作業能率を低下させる」「睡眠不足は肥満になる」ではなく「より良い睡眠は作業能率を上げる」「より良い睡眠はダイエットになる」というポジティブな側面から啓発していくことが必要で、そう言えるような研究も、現実難しいことではありますが、必要ではないかと考えます。また、良い方向に罠にかける「仕掛け」も場合によっては必要なのではないかと考えます。

今回、指摘された睡眠医学の教育における問題点やその対策は議論だけに終わらず、9月に神戸で開催されるISMSJ学術集会で睡眠医学コーディネータ講習会などの形で実行されていきます。このような地道な活動の積み重ねがスリープ・リテラシーの向上につながっていくのだと思います。

なお、今回の講演会の内容の多くは、永井書店の「綜合臨床 3月号」でも読むことができますので、出席できなかった方やさらに深めて勉強したい方に一読をお勧めします。

京都大学 高次脳機能総合研究センター 野々上 茂 記