第20回米国睡眠関係学会連合集会(APSS)報告
 本年の第20回米国睡眠関係学会連合集会 (20th Anniversary Meeting of the Associated Professional Sleep Societies, APSSと略して呼ばれることが多い) はSLEEP2006という別称も作られ、6月16日―23日の会期でSalt Palace Convention Centerにて開催された。毎年、規模がどんどん大きくなっており、本年の参加者は6500人に達したという。参加人数が増えるにつれて、以前はホテルで行われることが多かったこの学会が、キャパの関係で巨大なコンベンションセンターでしか行えなくなった観がある。また、PSG技師学会(The Association of Polysomnographic Technologists, APT)の年次総会も同時に近接した会場で開かれるようになっていることも巨大化に拍車をかけているのだろう。したがって、日本から初めて参加した者は、発表数、参加人数の多さ、会場の大きさに目を奪われるが、それと同時にExhibitorと呼ばれる薬会社や機器会社、治療用照明器具を扱う会社など、種々の睡眠に関する企業が商品を展示する展示会場の熱気にも驚かされる。これらの展示は大企業ばかりではなく、小さなベンチャービジネスの会社、PSGラボ設立支援会社、患者会、睡眠について啓発活動をすすめるNPO団体など種々のものが混じっており、何でもありのアメリカらしい点である。


 良くも悪くもこの10年でアメリカの睡眠医学は爛熟期に入り、4-5年前までは1日目の夜にワインや簡単なスナック類が出る全員参加のパーティーが会場のホワイエで開かれていたが、ここ数年は企業にサポートされたディナーセミナーにとってかわられるようになり、毎晩2-3のセミナーが徒歩圏内のホテルで開かれるため、その気になれば、学会滞在中の夕食代は全くただですませることができる。ただし、ディナーセミナーは、夜7時から10時すぎにかけて延々と続くため、日本から行くと、最後の方は、眠気との戦いとなることうけあいである。これ以外にも、睡眠医学の勢いを示す例として会場のregistration近辺に置かれるjob boardがある。boardには、ところ狭しと求人広告が貼られており、いつも人だかりができている。一番多いのは、PSG technologistの求人であるが、その勤務先も必ずしも睡眠センターとは限らず、PSGのアウトソーシング会社のものや、研究分野での求人も混じっている。さらに、sleep specialistやpost-doctoral fellowなどの求人もあり、今や、この分野が研究でも臨床でも、またビジネス面でも一定のマーケットを形成していることがうかがえる。


 このように巨大化しつつある睡眠医学の領域において、アメリカでは量的な変化のみならず、質的な変化が起こっているように思える。それは、これまで、少なくとも臨床面で睡眠やそれに関連する疾患に取り組む場合に、睡眠生理を中心に置き、手法としてPSGを共通語として進んできたのが、睡眠が関係する疾患や病態が多くなりすぎて、各々の元のspecialtyで勝負する傾向が強まっているということである。現在、米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine, AASM)会員は、8つのセクションのどれかに所属するようになっており、があり、例えば、筆者の所属しているMovement Disorders Sectionの成員は、ほぼすべてが神経内科(neurology)をfirst specialtyとする人々である。Sleep Related Breathing Disorders Sectionでは、呼吸器科医の率が高くなり、Insomnia Sectionに行くと、相当数のpsychologists(アメリカでは、医師ではない心理学の専門家で資格をもった者が、睡眠については制限つきでの診療行為が可能になる)が中心を占め、最近、その隆盛が著しいChildhood Sleep Disorders and Development Sectionは小児科医が中心である。つまり、睡眠医学をつくってきた第一世代の大物たち(その一番の代表者がChristian Guilleminaultであると思うが)は、これらの境界を越えて、睡眠すべてを見渡せる立場で進んできたが、時代の流れがそういった人々の存在を不可能にしていきつつあることをひしひしと感じた。これは、逆に言うと、強力なりーダーシップを取れる者、sleep specialistとしてのrole modelを取れる人がいなくなっていくということで、それぞれの出自に最も利益がもたらされる方向へ人々が進み始めたときには、総合的な観点から睡眠を診るというアメリカの睡眠医学がもたらした一番の利点が失われていくかもしれない。

 APSSでは初日の前に、いつも2日間の教育コースが組まれるが、日本から行くとこの部分は、時差ぼけでふらふらになるので、ここはまとまった資料をゲットできればそれで良いとするしかない。定番のコースとしては、"Year-in-review"という過去1年間の睡眠領域で出てきたすべての知見を多くの講師が入れ替わり立ち替わり話してくれる1日コース、また、 "Financial, legal and administrative management of a sleep disorders center" という睡眠センターを設立し、それをビジネスとして成功させるための実地に使える情報満載のこれも1日コースがあり、これらは毎年一番の人気コースとなっている。

 初日の午前最初は、アワードの授賞式、key note speechと進むが、アワードの種類が年々増え、昔は、睡眠研究学会(Sleep Research Society, SRS)の出すDistinguished Scientist Awardと、AASMの出すNathaniel Kleitman Award, William C Dement Award, Mark O Hatfield Awardの計4種だけであったのが、Bill Gruen Award、Outstanding Educator Award、Excellence in Education Award(前2者はSRSより、後者はAASMより授けられる)の3種が近年付け加わり、これらに加えて、若い研究者に対して、SRSもAASMもYoung Investigator Awardをもうけている。個人的には、これらの授賞式の中に挟みこまれる形で、Journal SLEEPの編集長を辞し、RespironicsのCMOに就任したDavid Whiteの編集長を辞めるにあたってのセレモニーを複雑な気持ちで見た。かつて、彼のkey note speechを聞いて感動し、いつか留学先を彼のいる場所にしようと思い、実際に留学したときには、ここまで性格の合わない人とよくいっしょに仕事ができるものだと自分をほめるしかなかった不思議な関係のボスが、なぜこういう選択をしたのか、その真意が理解できるにはかなりの時間が必要なのだろう。詳しくは、Sleep, 29:597-8, 2006に彼自身が"Not Farwell"という題名で説明をしており、これを読むと米国の睡眠事情の複雑さを垣間見る思いがする。

 演題については、ここ数年、新たな睡眠薬が多く出てきたのと呼応して、不眠の認知行動療法に関するものが増えており、その背景には、非薬物療法の可能性を呈示することによって、むやみやたらに睡眠薬が処方されてSSRIの二の舞となることを避けるという意図があるのかもしれない。それと呼応する傾向として、教育・心理分野からは、医療従事者やその卵、あるいは一般市民に対しての睡眠教育の実情についての発表が増えている。疫学はやや下火になった観はあるが、これまで睡眠医学が存在しなかった北米や西ヨーロッパ以外の国での有病率やその治療実態についての調査研究が次々となされていっており、今後も途絶えることはないであろう。こういったグローバルな睡眠医学の展開という空間的な広がりが起こるのと同時に、時間的な広がり、つまり、成人を対象とした研究から、高齢者、女性、子どもへと睡眠医学は広がっていくのは当然の成り行きであり、小児といえば、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が定番であったのが、今回は、自閉症、ADHDといったこれまで扱われることがあまりなかった対象へと睡眠研究は広がっている印象を持った。しかし、大部分は質問紙による調査であり、もともとの疾患の定義も診断基準も流動的であるだけに、小児神経の専門家と睡眠の専門家との交流がきちんとなされないことには、マスコミの格好のテーマとしてとらえられるわりには、実り少ないものに終わる危険性も感じた。

 疾患別に見ると、SASについては、ブームを過ぎて一段落したように見えたが、もしかすると、本年は3年に1回行われるWorld Congress on Sleep Apnea(2006年9月にモントリオールで開催)の年なので、そちらにターゲットをしぼって発表する人が多いのかもしれない。今回、私なりに一つの収穫と思ったことは、"Twenty-five years of positive pressure therapy: What we have learned?"というCPAP治療を見直そうというdiscussion groupにおいて、実は米国のCPAP治療の実態は、いったんCPAPを処方してしまうと、あとはhome care companyにまかせてしまうだけで、2度と診断をした医師のもとに現れないことも多いという(以前からの疑いに)確信がもてたことである。このセッションは、一番広い部屋で行われ、大混雑状態であったために、徳永豊先生(徳永呼吸睡眠クリニック)とともに5分遅れで部屋に入ったときには、最前列しか席が空いておらず、無謀にもそこに座った私たちは、CPAPをどのように使ったら良いのか本当に困っているという質問の数々とそれに伴う会場の熱気で背中から押されるように感じるとともに、前に並んだエキスパートの講師8人が、困りながらお互いに顔を見合わせ、意見を述べる表情の変化を観察することができて幸運であった。最終的に私たちが達した結論は、「アメリカは恐ろしい国ですね(徳永)」「何でもありで同時に何にもなし(立花)」ということである。アメリカの論文でCPAP complianceがどうこうと言っているものが種々あるが、それは研究費が取れて、それを目的としての範囲内で行われているだけで、すべての睡眠センターがそういうものであると考えると大間違いであり、金があって強い保険に入っていたらCPAP治療もいろいろなサポートを受けながら進めていけるが、入っている保険によって得られるサービスに差があり、無保険者は、CPAPなど一生受けられないだろう。医学的にはその必要がない人まで、1ヶ月に1回通院しなければならない日本のシステムの欠点も大きいが、私たち日本の医療従事者は、「平等な医療」が当然であることを意識せぬうちにたたきこまれてきたのだということも痛感した。

 SASと循環器疾患、生活習慣病全般との関係については、ほぼ定説となりつつあるが、今回はSASに限らず、睡眠量の不足そのものが、肥満と密接な関連があるとする基礎データが集積されつつあり、肥満となるとその患者数が膨大であることから、おそらく、研究テーマはこの方向へ確実にシフトしていくことがうかがわれた。

 神経関連では、レム睡眠行動異常症(RBD) とレストレスレッグズ症候群(RLS)が二大疾患であり、RBDはパーキンソン病や多系統萎縮症といった病理学的にはsynucleinopathyと総称される神経変性疾患の前駆症状であるらしいという説が固まりつつあり、今後、movement disorderやdementiaの専門家が加わることによって、おもしろい展開が期待できそうである。一方、RLSはヨーロッパでドパミンアゴニストのいくつかが適応が取れたことから、薬会社の肝いり的な発表も多く、もう少し、その病態生理に迫る研究をしないことには、ややマンネリ化している印象をもった。 これらの他にも時間生物学、過眠症全般など、その進歩に目を見張らされるテーマは多くあるが、筆者の力量を越えるために、報告できなかったことをお詫び申し上げる。

 総じて言えることは、アメリカの睡眠医学は、これからどこに行くのか、変革期に入ったのではないかということであり、会場にアジアや南アメリカからの参加者が目立ったことからも、今後、世界のレベルでは、AASM一辺倒ではない、Locally feasibleな睡眠医学の追及が始まるのではないかと思っている。 (OSHNet理事長 立花直子 記)
 


戻る