アイオワ大学病院睡眠障害センター滞在記

1.研修応募まで 
 この度、平成18年度の日本睡眠学会の海外研修員に採用され、7月28日から8月12日の約2週間、アメリカ合衆国のアイオワ大学病院(University of Iowa Hospitals and Clinics, UIHC)の睡眠障害センター(Sleep Disorder Center)を訪問してまいりました。
 小生は、大学院時代に、当時の神経内科学主任教授でありました片山宗一名誉教授のご指導のもと、「脳梗塞における睡眠時無呼吸症候群の発現機序について」の臨床研究を行い、これを縁に睡眠医学の世界に入りました。
睡眠に対する世間の関心も高まり、患者数の増加また睡眠医学自体が学際的な領域であり、単独の診療科で診療が完結することが困難であることから、関連する診療科と連携がとれる診療体制の必要性を日頃からひしひしと感じていました。このような背景のなかで、平成17年(昨年)10月にようやく大学病院の中央部門内に睡眠障害専門の診療部である睡眠医療部が創設されました。現在、小生は、神経内科医として診療協力科の中心となり当部門の外来および睡眠ポリグラフ検査に携わっております。睡眠医療部は、神経内科以外にも循環器・呼吸器・内分泌代謝内科、精神科、耳鼻科、口腔外科、リハビリテーション科、健康管理科、臨床検査部など複数の診療科および部門からの協力がありますが、各診療科により睡眠医療に対する温度差があるのが現実であり、いかに組織を運営し、睡眠医療のセンター化を実現していくかを日頃から模索しておりました。
 そこで今回、理想的な睡眠医療センターの構築を目指すべく、睡眠医療の先進国である米国の現状を学び、日本における睡眠医療の問題点を再確認し、とくに大学病院(教育施設)における睡眠医療の診療体制・運営法および教育の体制を学ぶことを決意しました。
2.Iowa City
 アイオワ大学病院(University of Iowa Hospitals and Clinics, UIHC)は、シカゴから約350km内陸へ行ったアイオワ州のIowa Cityにあります。Iowa Cityは、街全体がアイオワ大学のキャンパスという印象で、人口はアイオワ大学の関連施設が集中するIowa Cityと隣のCoralville市とあわせて約8万人の田舎街であります。周囲は自然に恵まれ、街の中心にはIowa Riverが流れ、野うさぎやリスなどとも道端や公園で出会いました。小さなダウンタウンがOld Capitol(旧州都跡)を中心に広がり、学生の街という雰囲気が漂っていました。ダウンタウンエリアのホテルはシェラトンホテルと大学の関連施設のIowa House Hotelぐらいしかなく、通勤にもダウンタウンに行くのにも便利なIowa House Hotelに滞在しました。また市内の交通の便は悪く、通勤は無料のスクールバスである'cambus'を利用しました。
Old Capitol
3.UIHC(大学病院)の紹介と研修
 UIHC(大学病院)は、1898年に創立し約760床の病床を持ち、上階には小さな医学博物館があり、当大学病院の足跡が展示され、歴史の深さをあらためて感じました。病院の中はとても清潔感があり、木目やカーペットの内装、壁には絵画や彫刻の展示してあり、病院を感じさせないアメニティーに工夫がありました。
UIHC正面玄関

 また大学にはHawkeyes('鷹の目'の意)というフットボールチームがあり、病院の前には約5万人の観客を収容できるフットボールスタジアムがあります。ゴールドと黒のコンビネーションのHawkeysのシンボルマークは大学のキャラクターにもなっており、大学の売店やダウンタウンの店にはTシャツや学用品などHawkeysをモチーフにした多数のアイオワ大学のキャラクターグッズが売られていました。アイオワのお土産にはHawkeysのキャラクターグッズがお勧めです。
フットボールスタジアム

 大学病院内の睡眠障害センターは、アメリカの睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine, AASM)の認定施設で、神経学(Neurology)のなかの電気生理学部門内にあり、神経内科医師が中心に運営されているsleep labであります。睡眠医療の専従スタッフは、電気生理部門の山田徹教授、sleep labのDirectorであるDyken先生をはじめ専門医5名やフェローシップ、レジデントと睡眠ポリグラフ検査の専従技師9名などから構成され、このほか呼吸器内科医、耳鼻科医、精神科医、神経心理士なども参加しております。小児の睡眠医療については、Dyken先生の奥様が中心になり、小児科の中で独立して運営されておりました。
 外来診療は、神経学(Neurology)の外来で行われ、月〜金曜日まで、医師1人あたり新患と再診を併せて1日6〜8名の患者さんを完全予約制で診ておりました。新患数は年間約1800名で、すべてが家庭医からの紹介や近隣の病院からセカンドオピニオンを求めてくる患者さんでありました。外来は、睡眠時無呼吸症候群を中心に睡眠障害全般を扱うSleep disorder clinic、睡眠時無呼吸症候群でCPAP療法を導入された患者様をフォローアップするCPAP clinicがありました。1名の患者さんに対する診察には最低30分はかけ、コミュニケーションも十分とられ、患者さんたちも大変満足されているようでした。睡眠医療のシステムが構築されていないわが国では、多くの患者さんを短い時間で診る質の低い診療となってしまう現状において、米国の診療体制から学ぶものが多いことを痛感しました。
外来診察室

 また、外来部門内にはDriving Simulatorがありました。もともと認知神経学者が認知症のVisual attentionの障害を検出し、運転能力をみることから始まりました。現在は睡眠時無呼吸症候群の患者さんの運転能力の判定に使用されています。運転席内のカメラが正面と側面にあり運転手の様子をモニター画面で観察し、脳波と眼球運動も同時記録し、速度、ブレーキ、ステアリングなどの評価、運転中にはCognitive taskやAttention taskも加えて検査が行われているとのことでした。
 睡眠ポリグラフ検査は、わが国とは異なり1回の費用が約2000ドルと高く、患者さんの負担の軽減を考慮し外来扱いで行われていました。検査は専任技師1名につき患者さん2名を担当して終夜立会いのもとで行われていました。検査室は6室あり、夜間はPSG、昼間は技師がデータ解析などの傍らMSLTも行っており24時間フル稼働の状態でした。睡眠ポリグラフ検査は、年間約1200件の検査が行われており、需要の増加に対応すべく、平日のみならず日曜日も含めて行われていましたが、これでも約1ヶ月の検査待ちとのことでした。ちなみにPSGの機器は日本製のものが使われていました。
睡眠ポリグラフ検査室
4.睡眠医療の教育制度について
 卒前教育は、米国においてもわが国と同様に教育プログラムがないのが現状でありました。医学部での睡眠に関する講義も年間わずかであり、医学生の病院実習においてSleep labの見学や sleep clinicの実習もないとのことでした。いっぽう卒後教育においては、学会認定施設の条件もあり、UIHCでは神経学部門のフェローシップの教育プログラムの中に睡眠医療に関する教育プログラムが綿密に組み込まれておりました。
 睡眠医学の先進国である米国でさえも、睡眠医学はまだ神経学などの学問の中のsubspecialtyのひとつに位置づけられている状態であり、卒前教育が充実していない原因のひとつと思われました。
5.The 2nd International Clinical Neurophysiology Conference of Iowaに参加して
 研修期間中の8月7日から9日にかけて、同大学で、山田教授と木村淳教授(電気生理学部門)が中心となって開催されたThe 2nd International Clinical Neurophysiology Conference of Iowaにも参加してまいりました。この学会の第1回目は4年前に開催されたことがあり、過去にアイオワ大学に留学された先生方の研究成果を含め睡眠医学および臨床神経生理学関連の講演があり、小生もポスター発表をしてきました。学会前日には木村教授宅でのWelcome Party、学会期中にはIowa City Parkでのピクニックパーティー、そしてレストランでのディナーパーティーにも参加させて頂き、アイオワの思い出話しや昔話などが飛び交い、アイオワの同窓会という感があり楽しいひとときを過ごさせて頂きました。
学会発表

6.最後に
 米国においては、睡眠医療が独立して運営される方向にありますが、わが国においては、まだ残念ながら睡眠診療科は標榜科として認められておりません。
 わが国では睡眠医療を担当する医師はそれぞれの診療科の診療の傍ら睡眠医療を兼務しているのが現状であります。これでは医療スタッフの側にとっても患者さんの側にとっても満足した睡眠医療の実現は困難と考えております。
 山田教授は、「大学病院の役割として、generalistができないことをやる。specialtyを生かすこと。」、すなわち医療スタッフの役割分担の明確化を強調していました。米国の医療システムがorganizationしているのは、片手間作業でなく、スタッフの役割分担が徹底しているからだと思います。また、木村教授からの「やるからにはいい加減にはやるな!いい加減にやると、いい加減な結果がでる」という言葉も印象的でした。理想的な睡眠医療を将来展開していくためには、複数の診療科や地域の医療機関との連携が重要であり、きちんとしたシステムづくり、すなわち睡眠医療自体が、睡眠医療センターあるいは総合診療科としてますます構築されていくべきではないかと考えます。今回の研修成果を生かし、わが国における睡眠医療の発展に貢献していきたいと思います。
 帰国前の数日間の朝は連日雷雨にみまわれ天候が不安定であったことや、帰国前日には、英国で米国の航空機をターゲットにしたテロ未遂事件が発覚し、帰途が心配でありましたが、予定どおりに無事帰国できました。
 アイオワの皆様方はとても親切で人柄も良く、無事研修を終えることができました。滞在期間中、ご指導ならびご厚情くださいました山田徹教授と木村淳教授をはじめスタッフの皆様方、また学会の海外研修の応募にあたりご推薦くださいました獨協医科大学長・寺野彰先生、平田幸一教授(獨協医科大学神経内科)および研修先をご紹介くださいました京都大学の立花直子先生に深謝いたします。

(獨協医科大学 神経内科 宮本雅之 )


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