学会のたのしみ方 (睡眠学会記2006滋賀)

 宇宙パワー商品の広告とか、雑誌なんかで「○○学会にて発表。大いに注目され、大喝采を浴びました!」とかいうのがありますよね。
ああいうの、どう思われます?

 学会というのは、世間の常識や既成概念にとらわれず、純粋に学問的な関心にもとづいて自由に議論するための場です。
だから、アヤシイとかヘンだとか、そんなささいな理由で学問的好奇心を弾圧することは、決して許されないのであります。
科学的証明が充分でなくても、発表のチャンスは与えられなくてはいけません。
そもそも証明が出来てるんなら、学会なんかでモタモタしてないでさっさと論文にするのが世のため人のため学問のためです。
ですから、どんな話でも、発表するのは基本的に自由です。
なぜ注目されたかとか、どの程度を大喝采というかとか、そんなのは宇宙パワーの前には、解釈とかいうささいな問題に過ぎないのです。

 宇宙パワーがマジメなのかフマジメなのかはちょっと置いといて、マジメに正直に一所懸命やっていても、何年か経って「アレ、マチガイでした」とか、「流行に乗って手を出してみたけど、結局のところ歯が立ちませんでした」とかいうのは、医療の世界ではちょっとマズイですが、学問の世界ではよくあることみたいです。
睡眠学会では未だ、宇宙パワークラスの<面白い>発表は目立たないようですが、ただちょっと気になるのは学問の世界のそういう寛容さを良いことに、都合の良いことだけを言った者勝ち、自分に都合の悪いことには意識的に目をふさいで言いたい放題、みたいなのも結構あるようなところです。

 そんな「プチ宇宙パワー」にだまされるのは面白くないですね。

 ですから、学会の楽しみは「未だ論文にもなっていない最新の知見を仕込む」ことでも、「エライ先生の謦咳に接する」ことでも、「イロイロ教えてもらって賢くなる」ことでもない、と言い切ってしまいましょう。
論文になっていない発表の多くはこれからも論文にならないし、顔を見ただけでこちらまでカシコクなってしまうほど立派な先生はめったにいません。
そもそも、教えてやるなんてプログラムの裏には、学問的探求心からはほど遠いいろんな思惑が渦巻いていたりもするみたいです。

 学問を利用してやろうなんて人々に、がっちり学問の厳しさを思い知らせてやるのも痛快でしょう。しかし、自分でこつこつ真面目な努力をするのが苦手な私としては、いい加減な発表のあらを見つけては「だまされないぞ」「だまされないぞ」というのがせいぜいであります。
まぁ、人のあら探しというのも、それはそれで隠微な楽しみがあって、なかなかのものなんですけど。

 じゃぁ、やっぱり学会の楽しみは観光ですか?

 いや、あんまり正直すぎて、有給休暇や学会出張費をもらえなくなっても困りますし……

 ある老学者が、
「今年は新しく報告出来ることもないし、学会は無理しないで休んだら?」
と言われて、
「学会はお仲間にあいさつに行くところだから。オレが未だガンバってるってのを、見てもらわにゃ」
と答えたそうです。

 そう、あいさつ。

 仕事も、そういつもいつもうまくいくわけもなく、PSGを取りながら
「あぁ、みんな寝ているのに、オレって一体ナニやってんだろう……」
と淋しく朝を迎えることもありますよね。
学会には、似たような苦労をして、似たような壁にぶつかっている、似たような人がたくさん来ています。
そこで、ちょっと興味を惹かれる発表でもあれば、質問のひとつもしてみたり。
そうやって何人かとでも話をしておけば、来年その人とまた顔を合わせたら、あいさつくらいはしてくれるでしょう。
これなら、お友達を作るのが苦手な私でも、上手くやれるというものです。
それに、そんな「お仲間」が、全国あちこちにいると思えるのは、こころづよいような気がしません?
そんな具合で、私も例年お目に掛かる美人研究者の方が、今年も「あら!」とばかりにニッコリしてくれたので、それだけでナニかもう学会に行った甲斐があった気になったのでありました。
これでこそ明日への活力も湧いて来る、というものじゃありませんか。
ついでに運が良ければ壁を抜け出すきっかけまでつかめる、ことも、ない、とまでは言い切れません。

 で、結局おまえは大津まで行ってナニやってたんだということですが。

 いちおう、これまであまり目立たなかった不眠関連の話がいくつかあったので、それを中心にシンポジウムやいくつかの発表をのぞいてきました。

 不眠のプログラムが増えたといっても、不眠に関して新しい知見が、そう急にずんずん出てきてるわけでもないようです。
どうやら、不眠症の患者さんはたくさんいるし、ずっと放っとくのもなんだし、近々新しい睡眠薬も発売されるし、ひとつこれまでの知識をおさらいさせてやるか、と云うカンジでセッションが組まれたみたいです。
ある先生は、
「イヤ、これからも不眠なんか大して注目されないでしょう。ま、CBTが保険適応を取れるかな、くらいのことだよ」
とか言ってました。
イヤ、確かにそれも業界としては、切実に大事なことではありますが。

 治療については、そのCBT(Cognitive Behavior Therapy;認知行動療法かな?)と森田療法とが、不眠症の非薬物療法として、紹介されていました。

 検査では、CAP(Cyclic Alternating Pattern)の話題がありました。
CAPは、20年ほど前にイタリアの先生が言いはじめたもので、当時はあまり注目もされなかったのが、最近Rechtschaffen & Kalesより自覚的睡眠感との相関がいいというデータが出たことで、話題を集めていたみたいです。
私もCAPという名前だけでスコアリングの実際はよく知らなかったのですが、話を聞いたカンジではarousalのスコアを発展させたもの、といったフンイキでした。
Raw Dataを見ていると、R&Kのスコアでは隔靴掻痒で物足りなく感じることがよくありましたし、その不満を一部でも補ってくれる感じはしました。
ホントはまだ元の論文も読んでないので単なる私のソウゾウですけど、CAPスコア開発の出発点も、意外とそのあたりだったのかも知れません。
あとはここから、睡眠研究の新しい視野が開けてくるということにでもなれば面白いですが。「お薬の有効性が証明できるぞ」程度の話でおしまいだったら、ナニやらちょっともの足りないですね。
CAPスコアがある程度一般化すれば、それはそれで、AHIだけチェックして「ハイ、異常なし」と放り出されていた患者さんをサルベージする手掛かりにはなるのかもしれませんが。

 といった具合で不眠関係の話題は、新薬が出るからとかなんとか、いまいち動機が不純なだけに、全体として盛り上がったということはゼンゼンなかったわけです。

 そんな中で、私が一番楽しかったのは清水先生(秋田大精神科)のランチョンセミナー「不眠とQOL」でした。
タイトルからは「不眠(症)」の人にドンドン睡眠薬を出したら、患者のQOLも良くなって、みんな幸せになれるよ?」的な話が予想されるワケですが。(依頼した方はそういうつもりだったのか?)
実際の内容は、一口で言って「不眠(症)のことなんて、実は私たち、ナンにもわかっちゃいないんだぞぉ」というものでした。
 私は、ノートやメモを取る能力が全く欠如しているので細かいところはいい加減ですが、<不眠>と<不眠症>は違うという話は頭に残ったので、少しはカシコクなれたかも知れません。
(そういえば睡眠学会をおサボりになったOSHNet理事長も、「Sleep ApneaとSleep Apnea Syndromeは違う!」と鴨川の納涼床で吼えてました)
・不眠と不眠症は、どこが違うのか。それはどうして違うのか。
・ 睡眠薬は、不眠に効くのか、それとも不眠症に効くのか。不眠症が睡眠薬でよくなるというのはどういうことか。
・ 体や心の病気と、睡眠・不眠との関係は?
・ そもそも不眠とは、睡眠とはなんなのかetc…etc…
そんなことも、私たちはナンにもわかっちゃいないんだぞ!
といった話を、ところどころ笑いも交えながら面白く聞かせてくれました。



 その話のどこが「不眠とQOL」なんだ、という気もしますが。

 いつもより早口でやや機関銃調だったのは、宣伝の片棒を担がせられただけではプライドが許さない、清水先生の睡眠研究者ダマシイがホトバシってしまっていたのかも知れません。
やっぱり、「わからないことを知りたいぃっ!」っていうのが学問の本道だよなぁ、と、何だかうれしくなったのと同時に、しっかり勉強せんかい、と、お尻をたたかれたような気にもなったのでした。

 というわけで、私の今年の睡眠学会は、
・ 京都鴨川の納涼床で夕涼みをしながら食事、という一生の想い出ができた(滋賀じゃないじゃん。それにヤッパリ観光が一番目かよ)
・ 美人学者に笑顔であいさつしてもらって、癒やされた
・ 小ネタも拾ったし、やっぱり睡眠研究は楽しいかも、という気にもなった
という具合にまとめられるでしょうか。

 こうしてみると、結構楽しかったんじゃなかろうか。

 来年は、急膨張した割に基礎研究が増えない睡眠学会と、臨床のセンセイが減って淋しくなった時間生物学会とが、合同で学術大会をやろうということになったみたいです。
お互いうまく足りないところを補い合えたらいいですね。

 いや、皮肉じゃなくて、ホントにそう思ってるんですってば!ホントですよぉっ!

 以上、せっかくネットにレポートをアップするなら、携帯写真でも撮っとくんだったと深く反省し、その勢いが余ってマンガまで描いちゃった渡辺でした。(ためなが温泉病院 渡辺琢也 記)

 


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