第2回World Association of Sleep Medicine (WASM) Congressに参加して
 2007年2月3−8日にかけて、世界睡眠医学会議(WASM)の第2回総会がバンコクで開催され、参加する機会を得たので報告する。

Opening Ceremony‐The most important things in a good sleep congress が示されている。

Reception会場はアカデミー賞受賞式のような豪華さ。


 WASMは世界各国における睡眠医学の普及を目指して2001年に設立された比較的新しい学術組織で、第1回総会は2005年ベルリンにて開催されている。以後睡眠医学の発展途上地域を中心に隔年開催されることになっており、今回のバンコクに続き2009年にはサンパウロ(ブラジル)での開催が予定されている。開催期間は6日間であるが、最初の2日間は若手向けのトレーニングコースに充てられ、実際の本会は4日間である。
 まずは最初にトレーニングコースに参加したのであるが、そこで驚いたのは、どれに参加するか迷うほどの多彩なコースが分野毎に設けられ、いずれも世界の睡眠医学を牽引している著名な先生方が講師を勤めていたことである。例えば私が初日に参加したのはHarvard大学のHobson教授による自身の生涯のテーマである夢研究についての講義であった。実はこのコースは最初の予定には入っておらず、バンコクに来てはじめてHobson教授の生の講義を聴けることが分かり、急遽予定を変更して参加することにしたもので、願ってもない機会となった。しかも数少ない聴講者が多くのコースに散ったために、数人によるセミナー形式に近い濃密な講義を丸1日受けることができた。このような経験は、彼らの研究成果を知るばかりでなく、生きた話を直接聴講できたこと自体が若手医師にとって今後の励ましになるものと感じた。
 さらに初日夕方には、WASM Task ForceとしてREM sleep without atonia(RWA)の記録・判定法に関するワークショップが行われた。RWAはレム睡眠行動異常症(RBD)の診断における中核的な所見であるが、いずれの骨格筋を用いて筋電図を記録すべきか、どのように判定すべきかについては定まっていない。この問題点について各施設が自験データを持ち寄りさまざまな意見が交わされ、四肢の複数の骨格筋を用いるべきとの意見や、観察結果をエポック毎ではなく筋活動の総量で判断すべきとの意見が出された。そういった中で、日本の睡眠医学もぜひ見習うべきと感じる点がいくつかあった。例えば、イタリアを中心としたヨーロッパ諸国では、病態把握における細かな行動観察や神経生理学的検査が現在も広く活用されている。彼らは特に先端的・専門的な機器や知識を持っているわけではないが、限られた手法を駆使して最大限の情報を得ている。本来こういった地道な手法は日本のお家芸であったと聞いているが、少なくとも私が睡眠に興味を持ってからは、国内学会でお目にかかることはまれである。妙な表現だが、彼らのやり方は現在の日本人よりも日本人らしいと感じられ、あらためて新鮮な気持ちにさせられた。
 さて3日目からの本会からは、前日までと変わって賑やかな雰囲気となった。総参加者数は1,000人弱で国際学会としてはそれほど大規模ではなかったが、主体的に発言する参加者が多いため、各会場はどこも熱気を帯びていた。全体的なプログラムは一般演題発表よりもシンポジウムや教育講演が中心で、異なる専門分野のテーマについて並列で進行されていたため、途中で飽きてしまうことなく効率よく会場を回ることができた。内容は特に睡眠呼吸障害に偏ることなく構成されており、ドパミンアゴニストの有用性が示されたレストレスレッグス症候群(RLS)がやや突出していたものの、てんかんやパラソムニアのセッションが充実しているなど、神経内科医である私にとっては非常に有意義であった(このあたり、毎回どうしても招待講演前後に暇な時間が生じてしまう某国内学会総会は、ぜひ参考にしてほしいと思う)。

「早寝早起き朝ごはん」の英語スライドを最後にもってきた神山先生のKeynote Speechは反響を呼んでいた。


 一方、総応募数が多くなかったためか、一般演題発表はスケジュール上夕方や最終日に追いやられており、どちらかというとシンポジウムやバンケットの間を埋めるように予定されていた。特にポスター発表に至っては、発表日時が直前まで明かされなかった上に、バンコク市内で相次いだ爆弾テロ事件で参加を敬遠されてか貼付されていないブースが多く、全く活気がなかった。時折掲げてあるポスターの内容も圧倒的に疫学(特にRLS)が多かった。またポスター会場は一番奥の部屋であった上にスナック菓子やドリンクを配っていたことから、ほとんど参加者の「暇つぶしの部屋」と化していた。このように、本来メインであるはずの一般演題発表が明らかに"おまけ"的な位置づけであり、やや寂しい気持ちにさせられた。
 ところで自分の発表はというと、3日目の夕方にあったRBDのセッションで、以前の症例検討会にも用いた"MIBG心筋シンチで集積低下を認めた症例"を発表した。このテーマについては以前より十分吟味し尽くしたつもりであったが、国際学会にて英語で喋るのが初めてだったのと、座長がRBDの概念を提唱したアメリカの権威Dr. C. Schenckであったため、さすがに緊張しない訳がなかった。直前まで立花先生に読み原稿や発音のチェックを受けていたものの、それを十分活かす余裕などなく、何とか自分の伝えたいことを述べるのに精一杯であった(それでも最初はこんなもの、と勝手に自己満足し、その夜はビールで独り慰労会だったのだが...)。RBDについては、症候学から病態学まで未だに多くの知見が発表され、興味が尽きない。特に会期中は立花先生のお計らいでDr. C. SchenckのほかモントリオールのDr. J. Montplaisir、ミラノのDr. M. ZucconiらRBDのスペシャリストと会話を交わす機会をいただいた。また第2回SSKで特別講演を受け持っていただいたニューヨークのDr. W. Heningは、銀閣寺と鉄板焼レストランを案内したことを覚えていたのか、向こうから声を掛けてくれた。いずれもその日(2月3日)日本にいれば豆でも投げつけられそうな、いかつい見かけのおじさんばかりだったが、英語も満足にできない初学者に対しても優しく接してくださった。この先ずっと睡眠を学んでいくことになると思うが、この日のことはしばらく忘れないだろう。

プールサイドで行われたGarden Partyもとにかく派手。



 ところで、いくつか気になった点も無くはない。例えば、地元タイの若手医師・学生の積極的な姿勢や英語の習熟度の高さには、大変目を見張るものがあった。勿論タイ全ての医師・学生に共通したことではない様子だが、少なくとも日本の若手の目立たなさと比較すれば、10年後にはタイの方が睡眠医学は進んでいるのではないかと危惧された。我々のような日本の若手や初学者にとっては、共に学ぶ仲間を増やすことと英語のスキルを上達させることが急務と感じられた。また、会期中はほとんど食事に困ることもなく、毎日何かにつけて行われるようなパーティーも非常に豪華で楽しいものであった。一方で、睡眠はどこの国でもお金になりうるものなのかと感じさせる内容で、若手にとってはやや目の毒であった(WASM設立の理念と矛盾するのではないかとも思われた)。特に開催に至るまでの段取りの悪さが目立つ学会であったので、華やかさやアピールのために予算を使うのであれば、準備やセキュリティーに予算を投じ、さらに参加費を安く設定すれば、もっと参加者が増えただろうに、と感じられた。

半日だけBangkok観光にも行きました。ワット・アルン(暁の寺)からチャオプラヤ川をはさんで、王宮を望んだもの。



 さて、臨床に根ざした"睡眠医学"が普及すれば、いずれ日本でもWASM総会が開催される日が来るかも知れない。現在の睡眠を取り巻く環境は、睡眠時無呼吸症候群の社会的認知に伴って広く普及したかのように見えるが、反面どれだけの医療人が新しく睡眠医学を志しているのかが見えてこない。タイの学生や若手医師の意気込みを見るにつけ、日本に睡眠医学が根付くためには、我々の世代で切磋琢磨できる仲間を増やしていくことが必要と強く感じるようになった。しかし、まずは2年後に開かれる次のWASM総会に、はるばる地球の反対側まで参加しに行くべきかどうか、今から悩んでいる。

京都大学医学研究科附属高次脳機能総合研究センター
小栗卓也


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